10ミクロンの小宇宙

谷 時雄 (熊本大学理学部生物科学科)

「わぁー、きれい!」

子供のはずんだ声につられてふと空を見上げると、そこはすいこまれそうな満天の星空であった。

 私の郷里は中国山地の寂れた山里にあるので、けばけばしいネオンサインもなく、天気の良い夜には、普段目にすることのない、手をのばせば届きそうな天の川を見ることができる。

 空を見上げながら、ゆっくりと寝ころぶと、背中の方から昼間の太陽をたっぷりすいこんだ大地のぬくもりが伝わってくる。

 澄んだ夜空のなかを横切るように、星光の一つがすーっと動いていくのが見える。飛行機にしてはジェット音が全く聞こえてこないので、人工衛星だろうか?

 寝ころんだまま、美しくまたたく、数えることはできそうもないたくさんの星々を見ながら、はるか何万光年のかなたに存在する星雲の運命に思いを寄せる。


 本稿に添えた図はハッブル宇宙望遠鏡が捉えたNGC6826星雲とOH231.8星雲の姿 (Nature, 417, 2002)であるが、実は、この図には、熱ショックストレスを与えた分裂酵母の核内mRNA分布を可視化した蛍光画像と、スプライシング因子SC35に対する抗体で蛍光染色したHeLa細胞核の画像も含まれている。

 読者の皆さんは、どの画像がどれに対応するかすぐにわかりましたか?
はるか何万光年の彼方でひかり輝く星雲群に負けず劣らず、蛍光顕微鏡の下で観察するときの核内mRNAや、スプライシング因子の蛍光画像は本当に美しく、幻想的である。

 現在、我々はmRNAの核から細胞質への輸送機構と、その制御システムに興味を持ち、研究を進めている。真核細胞における最大の特徴は、言うまでもなく、細胞内に核膜に包まれた核構造が存在することである。核膜の存在によって、遺伝子の保存と転写の場である核と、タンパク質への翻訳の場である細胞質が空間的に隔てられるので、DNAから遺伝情報を転写したmRNAを核から細胞質へと運ぶプロセスは、真核生物の遺伝子発現において必須な過程となっている。しかし、その詳細な分子機構や制御の仕組みには未だ謎が多い。


 我々のmRNA核外輸送機構に関する研究は、分裂酵母Schizosaccharomyces pombeの変異株を用いて、pre-mRNAスプライシングの分子機構を解析する研究の延長線上にある。我々はスプライシング反応に関与する新しい因子群を同定することを目的として、分裂酵母のスプライシング変異株を分離し、解析を進めていた。しかし、残念ながら、酵母スプライシング変異株の解析に関しては、海外の研究グループが既に出芽酵母を用いて大規模に行っていることを知っていたので、二番煎じ的な研究になる可能性があった。

 そこで、スプライシング機構の解析に続く、先を見込んだプロジェクトとして、当時ほとんど研究対象になっていなかった、スプライシング後の成熟mRNAの核外輸送機構に着目し、バングラデッシュからの留学生A.K. Azad君と共に新しい実験に着手した。思えば、今から12年前にもさかのぼる1990年春のことであった。

 我々はスプライシング変異株を分離するために、生育に関する分裂酵母のts変異株バンクを作成していた。そこで、そのtsバンクの中から、mRNAの核外輸送に欠損を示す温度感受性変異株をスクリーニングすることを計画した。どうやって輸送変異株を同定するかが問題である。当初、酵母核を分離し、その核の中にmRNAが蓄積していることをRT-PCRで解析して変異株を同定しようとした。しかし、この手法では多数の株をスクリーニングすることは到底無理で、早々に諦めた。次の手段として、oligo dTプローブを用いたin situ hybiridizationで、全mRNA (poly A+ RNA)の分布を可視化して、制限温度下で核にmRNAを蓄積する株を分離することにした。当時は、細胞生物学的な知識も乏しく、分裂酵母でmRNAを検出するin situ hybridization 法などはもちろん報告されていなかった。柳田研で行われていたrDNAを検出するin situ hybridization 法を参考に、分裂酵母でのmRNA 分布検出法を確立しようとしたが、なかなか再現性のある結果が得られず、失敗と苦労の連続であった。

 そうこうしているうち、Cold Spring Harbor研究所の細胞生物学者David Spector博士の研究室に客員研究員として1年間滞在する機会を得た。研究所に滞在中は、大学の雑務も会議もなく、毎日朝から晩まで実験だけに集中できるという、まさに天国のような日々であった。

 それまで生化学と分子遺伝学的手法を中心に研究を進めていた私にとって、全てが新鮮な研究生活となり、正味11ヶ月程の滞在中に、oligo dT蛍光プローブを用いた分裂酵母でのin situ hybridization法を早々に確立できた。初めて分裂酵母mRNAの蛍光in situ hybridizationによる検出がうまくいった時の、夜空の星のごとき蛍光シグナルの美しさは、今でもはっきりと覚えている。滞在中の実験で、熱ショックストレスによって分裂酵母のmRNA核外輸送が阻害され核小体にmRNAが蓄積することなど、現在の研究にも繋がる興味深い知見を見いだすことができた(Tani et al., Mol. Biol. Cell, 6, 1995)。

 Cold Spring Harbor研究所から帰国後、確立した蛍光in situ hybiridization法を用いて本格的にmRNA核外輸送変異株のスクリーニングを開始した。ts及びcs変異株バンクを作成しながら、平行してスクリーニングを続けた。1500株以上をスクリーニングして、最終的に11株のmRNA核外輸送変異株(ptr1〜11: poly A+ RNA transport)を分離し、現在までにptr9を除く各原因遺伝子をクローニングした。分離したptr変異株は、まさしく一緒に研究を進めてきた学生達の汗と涙の結晶である。また、十年かけて作成したts及びcs変異株バンクは、我々の研究室の大切な宝箱であり、世界中の分裂酵母研究者にとっても、興味深い変異株が多数眠る有益な共有財産になると考えている。


 最近、分裂酵母での分子細胞遺伝学的な解析に加えて、より直接的にmRNAの核内動態を明らかにするべく、動物細胞を用いた解析も始めた。具体的には、蛍光で標識したmRNAを核にマイクロインジェクションして、細胞質への移行をリアルタイムで観察する系を確立した。未だ問題点は残されているものの、遺伝子の転写とmRNA核外輸送との密接な関連性など、興味深い知見が得られつつある。更に、早稲田大学物理学科の船津高志博士のグループとの共同研究では、核内におけるmRNA一分子の動きを蛍光を用いて可視化し、解析することを進めている。

 動物細胞の核の大きさはおよそ直径10ミクロンであるが、その中には、長さが2メートルにも達するゲノムDNAがパッケージされている。直径がほんの10ミクロンであるから、核の中はDNAが密に詰め込まれていて、比較的ソリッドなイメージを、大部分の読者はもっているのではなかろうか。筆者も、DNA(クロマチン)が密にあるために、RNAやタンパク質は核内でせいぜいクロマチン間隙を行き来する程度で、それほど自由には動けないのではないかと考えていた。

 しかし、最新の1分子蛍光イメージング技術で得られた情報は、全く異なる核のイメージを与えてくれた。驚いたことに、蛍光mRNAは核の中を比較的自由に動き回っており、クロマチンの存在もあまりじゃまになっていないらしい。船津研究室の多田隈博士が、世界で初めてイメージングに成功した生細胞中のmRNA一分子の核内での動きを写したビデオは、いつ見ても飽きることがないが、一分子で見るmRNAは、時々何らかの核内構造体に結合したり、離れたりを繰り返しながら、比較的自由に拡散運動によって核内を動き回っていた。核の中は、思った以上に流動的で、ダイナミックな動きが可能らしい。

 全く同じような結果が、核タンパク質の核内運動に関しても得られている。生きた細胞内で、GFPを融合した核タンパク質群のFRAP (Fluorescence recovery after photobleaching)解析を行い、転写因子、スプライシング因子、rRNAプロセッシング因子、DNA修復酵素、及びクロマチン結合タンパク質などが、それぞれが機能を発揮する様々な核内ドメインに結合したり離れたり、流出入をかなりの代謝速度で繰り返していること、結合していないときには、核の中を自由に拡散運動で動き回っていることが示された。例えば、核小体因子の一つフィブリラリンは、定常状態で毎秒10000分子が核小体への解離と結合を繰り返している(Phair and Misteli, Nature, 404, 2000)。これらの観察結果は、核がソリッドなものであるという、従来のイメージからはほど遠いダイナミックな核構造の姿を浮き彫りにしている。

 スプライシング反応もmRNAの核外輸送も、その制御の仕組みは核の機能構造と密接な関連があると考えられている。核内において、mRNAがクロマチンの転写・プロセシング部位から遊離する仕組み、核膜孔を方向性を持って通過する仕組み、核外輸送効率を制御する仕組みなどは、今なおベールに包まれたままである。また、核の中には、mRNAやsnRNAの動態と密接に関連している、Cajal body、PML body、Gems、Cleavage body といった未だ充分には機能が明らかでない核内小構造体が存在する。古くから存在が知られており、既に機能が明確になっているはずの核小体でさえ、最近になってrRNA合成以外の様々な新しい機能が見いだされている。我々の研究結果でも、一部mRNAの核外輸送において、核小体が何らかの重要な機能を担っている可能性が示唆されている。


 たかだか10ミクロンの直径しかない核であるが、私にとっては、遙か彼方まで無限に広がる宇宙に匹敵する、謎の多い魅力的な小宇宙である。苦楽を共にしてきた頼もしい学生達と、今年度から研究に加わってくれた安東助手を心強い味方に、mRNA核内動態の解析を通して、未開拓の研究フロンティアを目指し、この未知なる小宇宙の更なる探索を続けていきたい。

(RNA Network Newsletter, vol.1, Number 2, 2003 より許可を得て転載)

 

答え:(A)NGC6826星雲、(B)スプライシング因子SC35の核スペックル、
(C)熱ショックストレス酵母核におけるmRNA局在、(D)OH231.8星雲