研究内容

 

 私たちはこれまでに、実験動物として世界中で用いられているアフリカツメガエル(Xenopus laevis)を実験材料として、私たちの研究室独自の視点から生殖細胞の特性についてアプローチするための指標となる遺伝子の検索を行い、新規遺伝子Xtrに出会いました。この遺伝子の特徴として、(1)生殖細胞と初期胚にのみ転写翻訳産物(Xtr mRNAとXtrタンパク質)が存在する、(2)精子形成過程において、体細胞分裂を行っていた精原細胞が減数分裂期に移行する能力を獲得するとXtr mRNA量が急激に増加する、ことが挙げられます。

私たちにとって非常に興味深い遺伝子の存在がわかりましたので、現在以下のことに焦点を絞り研究しています。

 

 

 

研究テーマ

 

1)Xtrタンパク質の機能解析

2)Xtr遺伝子の発現制御機構解析

3)顕微注入法による雄性生殖幹細胞への外来分子導入法の確立

 

 

 

 

Xtrタンパク質の機能解析

 

 現在のところ、Xtr遺伝子が面白いと思えるのは、「遺伝子産物(タンパク質)ができる細胞は生殖細胞と初期胚に限る」ということからです。つまり、このタンパク質はこれらの細胞にしかないので、これら細胞の特性決定に関与しているのではないかとの期待があるわけです。しかし、このタンパク質の役割がわからなければ、この期待が当たっているのかわかりません。そこで、このタンパク質の機能を明らかにすることにしました。方法としては、このタンパク質の機能を阻害した時に細胞がどのようになるのかを観察するのが一般的です。そのため、Xtrタンパク質に対する抗体を作成しました。この抗体はXtrタンパク質だけを認識し結合するために、Xtrタンパク質の機能だけを抑えることができます。この抗体を卵母細胞や受精卵に注入したところ、卵母細胞では第2減数分裂だけが、また受精卵では卵割が阻害されるという興味深い結果を得ることができました。現在、Xtrタンパク質の機能を抑えるとこれら分裂がどうして阻害されるのかについて調べています。

 

 

Xtr遺伝子の発現制御機構解析

 

 Xtr遺伝子の転写産物(Xtr mRNA)は生殖細胞と初期胚だけに存在します。初期胚(卵割期胚)では遺伝子の発現はありませんから、初期胚に存在するXtr mRNAは卵形成期に合成されて蓄積されたものと考えられます。つまり、Xtr遺伝子の転写は生殖細胞に限られるわけです。このように、Xtr遺伝子の発現制御が生殖細胞特有のものであると考えられることから、この機構を明らかにすることで生殖細胞の特性の一端を知ることができると期待しています。また、精子形成過程では、体細胞分裂を行っていた精原細胞が減数分裂期に移行する能力を持つと、このXtr遺伝子の転写量が増加することがわかっています。この転写量増加の機構が減数分裂期への分裂様式変換と密接に関係しているのではないかと期待しています。

 遺伝子の近傍にその遺伝子の発現調節に関わるDNA領域があると考えられています。また、発現調節に関わるDNA領域を含んでいれば、その遺伝子(仮に遺伝子Aとします)の部分だけを別の遺伝子(レポーター遺伝子)に置き換えると、本来遺伝子Aが転写される細胞でレポーター遺伝子が転写されます。この方法に着目し、現在、Xtr遺伝子とその近傍のDNA領域を取り出し、 Xtr遺伝子をレポーター遺伝子と置き換えた組換え遺伝子を作成しようと計画しています。この組換え遺伝子を用いてトランスジェニック個体を作成し、レポーター遺伝子の発現を観察することにより、Xtr遺伝子の発現を制御するDNA領域の検索を行う予定です。この発現制御に関わるDNA領域が明らかになったところで、この領域に結合して発現制御を行うタンパク質(転写因子)の解析を行うことができるようになります。

 

 

顕微注入法による雄性生殖幹細胞への外来分子導入法の確立

 

 抗体を用いたXtrタンパク質の機能阻害実験やXtr遺伝子転写制御機構解析は、細胞が大きく顕微注入が容易な卵母細胞や受精卵を用いて行っています。しかし、このXtrタンパク質は精子形成細胞にも存在しており、重要な役割を担っていると考えられます。多分、卵母細胞や受精卵で演じている役割と同じことを行っていると予想はしていますが、実験的に証明する必要があります。現在のところ、精子形成細胞へ抗体などのタンパク質を導入する有効な方法がありません。そこで、卵細胞と同じ方法で解析する実験系はできないか検討することにしました。

 アフリカツメガエル成体の精巣の組織切片を観察すると、雄性生殖幹細胞から成熟精子まで全ての発生段階の精子形成細胞がランダムに配置しています。そのため、実験的処理を施し、その影響を見る為に一定時間おいて観察した時、その細胞が処理を施した時どの分化段階にあったのかを正確に把握することができません。それに対し、変態直後のカエルの精巣の場合、ほとんどが雄性生殖幹細胞であり、次の分化段階である精原細胞は少ししかありません。この精巣を用いれば、「実験的処理を施した時点では、雄性生殖幹細胞という分化段階にあった」と判断することができます。そこで、私たちはこの変態直後のカエルから摘出した精巣を用いることにしました。

 いろいろな実験的処理を施した後、その影響を見る為にしばらく放置して精子形成細胞を発生・分化させる必要があります。この方法として有効なのが培養です。しかし、現在のところ、雄性生殖幹細胞を増殖分化させる培養条件を見出すに至っていません。ところが、一度体外に取り出した精巣を別個体の皮下に移植するといういたって簡単な操作により精巣が正常に成長し、そこに含まれる精子形成細胞が増殖分化することがわかりました。

 これで、実験的処理を施した細胞を発生・分化させる実験系が確立したわけです。そこで、当初の目的である精子形成細胞への外来分子導入法を検討することにしました。外来分子導入法として、ウイルスベクターを用いたもの、エレクトロポレーション法、リポフェクション法が知られていますが、これら方法は主に核酸の導入法です。実験によってはこれらの方法でも良いのですが、私たちとしては抗体などタンパク質も導入したいという目的があります。その方法としては顕微注入法が最も有効です。ただ、この方法の欠点は小さい細胞への導入が困難であるという点です。幸いなことに、アフリカツメガエルの雄性生殖幹細胞は直径が20μm以上と大きく、十分に顕微注入できる大きさです。現在、1femtoliterより少ない溶液の顕微注入法を開発された熊本大学衝撃極限環境研究センターの久保田教授との共同研究で、雄性生殖幹細胞への顕微注入法を確立しているところです。