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科学技術振興事業団「さきがけ研究21」素過程と連携領域会議 (2002年3月、京都市 京都国際会議場)
 

mRNAの核外輸送阻害とコケイン症候群:新たな病態カテゴリーの提唱
 

谷 時雄
  真核生物においては、遺伝子の保存と転写の場である核とタンパク質への翻訳の場である細胞質が、脂質二重膜からなる核膜によって空間的に隔てられている。従って、真核生物の遺伝子が発現するためには、遺伝情報を転写したmRNAを核から細胞質へと運び出すことが必要不可欠である。mRNAの核から細胞質への移行は、単なる拡散によって行われるのではなく、タンパク質の核内外への輸送と同様に、選択的かつ能動的な輸送機構を介して行われていると考えられている。しかし、その詳細な分子機構に関しては、未だに不明な部分も多い。
  我々はmRNAの核外輸送の制御機構および輸送に関わる因子の同定と解析を目的として、遺伝学的操作が行いやすく、かつ高等真核生物と類似点の多い分裂酵母Schizosaccharomyces pombeを用いて、制限温度下でmRNA核外輸送が阻害される11種類の温度感受性変異株 (ptr1〜ptr11:polyA+ RNA transport)を分離し、それらの原因遺伝子の解析を行った。それらのうち、ptr8+遺伝子は転写因子複合体TFIIHの構成因子ヒトXPB/ERCC3と高い相同性を示すタンパク質をコードしていた。ヒトXPB/ERCC3はDNA除去修復に関わるタンパク質で、色素性乾皮症の原因遺伝子として知られている。ptr8-1変異株における紫外線照射に対する感受性を解析したところ野生型酵母に比べて極めて高い感受性を示し、Ptr8pは分裂酵母におけるXPB/ERCC3の機能的相同因子であると結論した。
  ptr8-1変異株では制限温度にシフトしても、遺伝子の転写やスプライシングなど成熟mRNAへのプロセシング反応は正常に行われる。しかし、生成された成熟mRNA核外輸送は迅速に阻害され、タンパク質合成の急速な低下が観察された。また、ptr8-1変異株においてはNLSやNESをもつタンパク質の核内外への輸送に異常は見られず、mRNAに特異的な輸送阻害が引き起こされていると考えられた。更に、出芽酵母におけるPtr8p相同因子の温度感受性変異株ssl2-rttにおいても制限温度下でmRNA 核外輸送阻害が観察され、Ptr8pのmRNA核外輸送における機能は生物種間で保存されていると推定された。興味深いことに、Ptr8pのヒト相同因子XPB/ERCC3は、皮膚癌を引き起こす色素性乾皮症だけでなく、極度の生育阻害や知能障害を主症状とするコケイン症候群の原因遺伝子としても知られている。XPB/ERCC3の変異がなぜコケイン症候群を発症するかそのメカニズムは明らかにされていない。今回、Ptr8pはDNA除去修復だけでなく、mRNA核外輸送にも関与していることが明らかになり、コケイン症候群がmRNA核外輸送の阻害により発症した可能性が考えられた。従来、コケイン症候群は転写症候群と称されてきたが、以上の結果は、本疾患を含むいくつかの症候群はmRNA輸送症候群ともいうべき新たな病態カテゴリーの範疇に含まれるべき疾患であることを示唆している。