山田 裕史

熊本大学理学部理学科
数理科学講座
教授
教育研究分野:代数学

専門分野:表現論,組合せ論
研究テーマ:群,リー環などの表現論の組合せ論的側面

私の専門は「表現論の組合せ論的側面」です.
まず表現論とは何か?数学ではいろいろな代数系が登場します.学部3年生までに
習うものだけでも「ベクトル空間」「群」「環」「加群」「体」など多岐にわたります.
さらには「リー群」とか「リー環」とか.「代数系」というのは「集合+演算」という
構造を持っているもので定義自体は非常に抽象的です.群論の建設に大きな貢献のあった
19世紀の数学者,ガロアは「群とは曖昧さを記述するものだ」と考えていたそうです.
たとえば二次方程式 x^{2} + 1 =0の解はもちろん x= +i, -i ですがこの「プラスマイナス」
をガロアは「曖昧さ」と捉えており,「ガロア群」の作用により.その本質が理解される,と
考えました.今では,言葉の違いだけかもしれませんが「対称性」と理解するのが
一般的でしょう.素粒子物理学でリー群のsymmetryというのはまさにその意味においてです.
ある数学的なオブジェクトの構造を知りたいと思ったとき,闇雲に調べるのではなく,
何かしらの対称性を仮定して,あるいは等質性を仮定して研究する,ということは
よく行われると思います.つまり何らかの群を「作用」させてその対称性を見ながら,
すなわち群の構造を用いて,オブジェクトの構造を研究するのです.
大ざっぱに言えば「群の表現論」とはそのような研究の仕方の枠組みを与えるものです.
たとえば何らかの函数達のなす空間(ヒルベルト空間)に構造のよくわかった
リー群を作用させて,その対称性,あるいは不変性をもとにそのヒルベルト空間を
詳しく調べるのがユニタリ表現論です.出てくるリー群は行列のなす群と言う
極めて簡単なもの,卑近なものです.その単純な構造を使って複雑なヒルベルト空間の
一側面が見えてくる,という仕組みなのです.1次元ユニタリ群 U(1)について
こういうことを行ったのがフーリエ級数論であり,実数直線のなす加法群 R に
ついて行ったのがフーリエ変換論です.このように解析学で有効に使われる
フーリエの方法がなぜ有効なのか,と突き詰めて考えていけば,背後で非常に簡単な
群が函数を統制しているからだ,ということになります.


リー群にしろ有限群にしろ表現を調べていくと,ときとして群の,あるいは表現そのものの
「組合せ構造」が大きな役割を果たしていることに気がつきます.たとえば「次元」.
これは普通は自然数です.自然数というのは何かを数えて出て来る結果です.
ラフに言ってしまえば数学は究極的には「モノを数える」作業ということになるでしょう.
「インデックスの計算」などという高度な数学も結局は数勘定なのです.表現論における
数勘定の面白さに一度ハマって出てこられなくなる数学者は多いのですが,私も
その一人なのです.もちろん「何を数えるのか」「どのように数えるのか」にセンスが
問われる訳で,それなりに厳しい目で評価されます.しかし「こんな簡単な数え上げが
微分方程式の構造を決定している」などということが自分なりに理解できた時は
無上の喜びを感じる訳で,そのようにして数学の素晴らしさを体験できるのです.
組合せ論というと何か特殊な数学の分野のように感じられるかもしれませんが,
上に述べたような意味で,函数解析学とか微分幾何学などと同等のひとつの研究分野なのです.