数理科学プログラムへの誘い これから理学を学ぼうとする皆さんへ


目次

  1. 幾何学についての全般的な説明
  2. 様々な幾何学
  3. 幾何学を学ぶには数学全般の知識が必要

1.幾何学についての全般的な説明

 皆さんは幾何学と聞いてどのようなことを思い浮かべますか.三角形の合同定理,三平方の定理,円周角などの直接図形を扱う議論は中学校で学習しました.高校では直線の方程式,円の方程式など座標と式を使う議論に興味を感じた人もいるはずです.複素数や内積なども幾何の議論に有効です.微積分で関数のグラフ(曲線)の形を調べますが,これも幾何学です.
 このように幾何学では様々な手法が使われます.共通して言えるのは,考察する対象が「図形」だということです.しかし,「図形」とは何でしょう.古代ギリシャの数学では多角形,円,多面体,球面などの比較的簡単な「図形」に限定して精緻な論理体系を作り上げました.でも私たちの身の回りにある「図形」はもっと多様です.

 多様な「図形」を対象にするのであれば調べられることも限定されてきます.例えば平面上の曲線を考えた場合,二つの曲線が合同(回転,平行移動,対称移動で重ねることができること)か否かはあまり意味がありません.閉じているか,滑らかか,自己交点があるかなどの情報のほうが重要です.曲面にしても,ボールやみかんをみてどちらも丸い(球面)と感じるでしょうが,浮き袋だとまったく違うものです.どのような「図形」を対象にし,どのような性質を調べるのかが問題になります.

 さらに,「図形」だけではなくその入っている空間そのものの形も問題になります.1830年ごろロバチェフスキーとボヤイによって非ユークリッド幾何が発見され,ユークリッドの仮定した平行線の公理を他の公理から証明することはできないことが分かりました.この非ユークリッド幾何は負の定曲率空間内の幾何として理解できます.ユークリッド幾何は唯一絶対の幾何ではなく,平坦な空間の幾何になったのです.
 これをさらに一般化し,リーマンは様々に曲がった空間(リーマン多様体)内の幾何を導入しました.この考えはアインシュタインによって一般相対性理論の記述に使われています.

このように現代の幾何学は,どういう「図形」を対象にするか,そのどのような「性質」を調べるかで,高校までに学習してきた幾何学とはまったく異なります.手法についても,解析や代数の様々な考え方を利用します.一方で幾何学は数理物理学とも密接な関係を持つようになっています.皆さんも幾何学的な関心を軸に大学での数学を学習しては如何でしょうか.

(2006年4月22日)

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2.様々な幾何学

 幾何学はその手法によって様々な分野に分けられます.まずは微分幾何学です.曲面の曲率(曲がり具合:曲面そのものの曲がり具合を見るガウス曲率,空間内での曲面の曲がり具合を見る主曲率などいろいろなものが在ります)は微分を使って定義できます.例えば関数 y=f(x) のグラフの (a, f(a)) における曲率は,グラフを最もよく近似する円の半径の逆数ですが,これは f''(a) から決定できます.曲面の曲率も,この考えから定義できます.
 曲面を,外側の空間から切り離して一般の次元に上げたものがリーマン多様体です.この世界では曲線の長さや2点を結ぶ最短線が意味を持ち,曲率を定義することができます.一般相対性理論による時空は4次元の擬リーマン多様体として理解できます.
 微分幾何学における研究は,リーマン多様体の曲率に条件を仮定してその幾何的性質(位相不変量の値など)解析的性質(ラプラシアンの固有値など)を調べます.また,リーマン多様体の間の写像や,リーマン多様体の部分多様体の性質などを研究します.最近4年のセミナーで取り上げている双曲幾何は,負定曲率曲面の幾何であり,微分幾何学の対象の一つです.

 もう一つの重要な分野は位相幾何学(トポロジー)です.位相幾何学では曲率のような局所的に決まる量ではなく,図形のつながり方など全体から決まる量を扱います.もっとも素朴な例は曲線からなる一つながりの図形が一筆書きできるか否かの判定です.他にも多面体のオイラー数などが位相的不変量の例です.
 この分野は微分方程式の解の振る舞いの研究とも密接に関係しています.解を具体的に決定することができない微分方程式でもその解の位相的な性質(ある点に収束する,周期的であるなど)を知ることができる場合もあるからです.

 もっともこの二つの分野は無関係ではありません.微分幾何学の曲率条件から位相的不変量の条件を導くことができるし,位相幾何学でも微分幾何の手法が盛んに使われています.3年から大学院にかけての幾何に関する講義は,微分幾何学と位相幾何学の両方を平行して学んでいきますが,どちらの分野に進むにしても両方の基礎知識が不可欠だからです.

 他に,代数幾何学がありますが,代数学の一分野として扱われています.

(2006年4月28日)

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3.幾何学を学ぶために

 大学の3年次までに学習する数学の内容の多くは,数学の様々な分野で共通に必要となる事項です.幾何をやりたいので幾何学的な内容のみ学習するといったやり方では,早晩限界に達します.数学でどういう研究がなされているのかに関心を持つことは重要ですが,面白そうな分野のみ特化して学習するべきではありません.この事情を幾何学を題材に解説しましょう. 

 まず,幾何学のもっとも基本的な対象は多様体(曲面を一般化したものと思ってください)ですが,その接空間は方向微分(偏微分)によって定義します.この接空間に内積(計量)を導入することにより,曲線の長さや距離などが定まりますが,多様体の曲率は計量の微分によって定義します.この曲率を多様体上で積分したものは最も基本的な不変量です.このように微積分は幾何学を学ぶための最も基本となる知識です.線形代数も重要です.計量や曲率は接空間上のテンソルとして定義されるし,多様体上の滑らかな関数全体の集合(無限次元線形空間)も扱われます.曲面の主曲率はある二次形式の固有値といえます.
 常微分方程式もベクトル場の積分曲線や測地線の導入に利用されます.リプシッツ条件に基づく解の存在と一意性は,その際の理論的基礎を与えます.極小曲面や調和写像の理論においては,偏微分方程式が自然に表れ,偏微分方程式の解を調べることが研究のための強力な手段になります.これらの方程式はある種の積分を最小にする曲面や写像を決定する問題から導かれますが,この観点から変分法も重要になります.

 さらに代数的な手法も重要です.多様体内に一点 p をとり p を出発して元に戻ってくる閉曲線のホモトピー類(連続的に移りあえるものを同じものとみなします)には群構造が自然に入りますが,これはホモトピー群と呼ばれ,その群の代数的な性質は多様体の幾何を調べるのに大いに役立ちます.例えば閉曲面の分類にはホモトピー群(ホモロジー群)の違いを利用します.群やその正規部分群,商群などはこの他にも多くの場面で登場します.加群の完全系列など代数的な概念ですが,幾何学の中でのほうが重要かもしれません.

 確率論が幾何の研究に利用される例は比較的少ないので省略します.

(2006年5月8日)