熊本大学 理学部

Pure Science

対称変換とその表現について

数学コース 准教授 川節 和哉

 高校で習うベクトルは向きと大きさを持つ量のことです。ベクトルには和とスカラー倍という演算がありますが、大学のおおよそ2年次以降の数学ではそれを逆手に取って、和とスカラー倍が定められたものをベクトルと呼びます。そう思うと、科学技術で現れる様々な対象がベクトル、ないしベクトルの集まり(空間)と思えるのです。

 例えば、関数もベクトルとみなせます。2つの関数 f(x), g(x) の和と呼ばれる関数 (f+g)(x) は、xにおける値を足して得られる関数です。さらに関数 f(x) のスカラー k によるスカラー倍は、単にxにおける値をk倍した関数と定めます。こうして、関数は和やスカラー倍が定められているので、ベクトルと思えるのです。

 ベクトルは線形代数という、大学初年次に習う代数学で詳しく計算することができます。そこで、様々な対象をベクトルと見ることは有用な見方となっています。

 さて、科学技術で扱いたい集合体は普通何らかの構造を持っていますが、構造は対称変換という変換を伴うことがあります。例えば、構造物として正方形を考えましょう。正方形は、重心を中心として90°回転しても、頂点の位置が保たれます。また、対角線を軸に反転しても、頂点の位置が保たれます。このように構造を保つ移動は対称変換と呼ばれます。

 もちろん、形としては正方形であっても、さらなる構造が与えられていれば、同じ変換が対称変換になったりならなかったりします。例えば、正方形の頂点に重りがついていて、右上と左下の頂点の重りは100g、左上と右下の重りは10gだったとしましょう。この重りを構造に含めることにすると、右上と左下の頂点を結ぶ対角線を軸とする反転はやはり対称変換と言えるでしょうが、重心を中心とした90°回転は、もはや対称変換とは呼べなさそうですね。このように、何が対称変換かというのは何を構造として考えるかに依存しますので、一見同じ形を有する構造物であっても、対称変換の集まりは色々考えられます。

 実は、構造を持った対象を計算するときは、対称変換を合わせて考えることで、無駄を省いたり、今まで難しかった計算が出来るようになったりするのです。

 表題に書いた表現とは、ベクトルのなす空間と思える構造物が与えられたとき、対称変換がその空間にどのように作用するかを記述することを指します。私たち表現論の研究者は、様々な空間や対称変換の集まりを考えて、原理的にはどのような表現がありうるのか分類したり、異なる対称変換の表現に関係があるか調べたりします。特に、表現の「原子」にあたる「既約表現」を分類することで、与えられた表現を「原子」に分解するのが目標と言えるでしょう。そのような目標に向かって日々研究を進めています。