熊本大学 理学部

Pure Science

錯体化学を基軸とする物性化学

化学コース 准教授 関根 良博

 化学は、原子や分子の集合体からなる物質を対象として、構造や性質とその変化を取り扱う科学の学問です。化学には、その扱う対象によって物理化学、有機化学、分析化学や無機化学に分けられ、私は、「錯体化学」を専門としています。皆さんも高校の化学の教科書で、錯イオンや錯塩というワードを見かけたことがあると思います。無機物の優れた単一性能と有機物の多様性と性質の柔軟さが分子レベルで融合した金属錯体では、従来の無機材料・有機材料単独にはない物性・機能の発現が期待されます。大学では、錯体分子の構造や電子状態、磁性、光学特性について掘り下げて学んでいきます。科学の最先端で実際にはどんな錯体分子が作られているか、紹介したいと思います。

 固体状態で分子内・分子間電子移動を示す物質群の開拓は、構造や電子状態・スピン状態の変化に伴う諸物性の発現のみならず、外部刺激に応答し機能が可逆にスイッチングしうる機能性分子へと展開できるため、物性化学において重要なテーマの一つです。金属イオンと有機分子を含む2つの溶液を混ぜ合わせることで、黒色の結晶を得られました。単結晶X線構造解析の結果、この結晶は鉄イオンとテトラオキソレン(有機分子)からなる2次元ハニカム層状分子であることが分かりました(下図)。ハニカム格子の六角形の頂点には鉄イオンが、辺には有機分子が位置しており、結合の形成により層状構造が組み上げられていました。磁気測定、およびメスバウアー分光法により、鉄イオンと有機分子の間で温度変化により電子移動が生じ、この層状化合物はT1/2 = 236 Kを境に2つの電荷秩序相を持ちます。また、分子の構造は二次元格子ですが、磁気的(磁石としての性質)には一次元鎖であり低温で単一次元鎖磁石挙動を示します。さらに二次元層間および層内の空孔に存在する水分子や有機溶媒分子を吸脱着することで、複数の電子状態を示し、構造や磁気的性質、電気的性質が柔軟に変化することが分かりました。

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 金属イオンが生み出す多様な電子状態と有機物のもつ高い構造自由度との組み合わせを考えることで、これまでにない特異な物性や反応性の発現を示す錯体分子を開発でき、新たな機能性材料・触媒としての応用が期待されます。皆さんも、高校で学んだ元素の多様性を使って、大学・大学院で最先端の化学に触れてみませんか。