熊本大学 理学部

Pure Science

巻頭言

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理学部長 藤本 斉

 「Pure Science」は熊本大学理学部で行われている研究の一端をご紹介し、基礎研究の奥深さ、面白さを高校生や若い世代の方々に知って頂くために、2007年から毎年発刊しています。第17号では、数学、物理科学、化学、地球環境科学、生物科学の各分野から1名ずつ計5名の先生に最近の研究成果や研究に関わる夢などについて執筆して頂きました。

 コロナ禍という未曽有の事態の中、一時期大学院生の自主登校や研究室の活動を制限せざるを得ない状況が続きました。また、最新の研究成果について国内外の研究者と議論する場である学会も中止や延期を余儀なくされました。最近やっと徐々に平常に戻りつつありますが、実験データや研究成果はすぐには取り戻せません。「Pure Science」を見ますと、先生方の研究の最高の理解者であり、最も強力な共同研究者である大学院生や卒業研究生の協力を十分得られない中でも研究の歩みは止まっていなかったことがわかります。コロナ禍という制約の多い中で、新たに研究方法や成果の討論方法など学んだことも多いと思います。従前の状態に戻る"復旧"ではなく、従前の状態以上になる"復興"を理学研究でも期待しています。

 私は分子科学を専門としてきました。特に分子の物性と電子状態との関係に興味をもち、学生時代に学んだ各種分光学的手法に加えアルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)博士のノーベル物理学賞受賞理由にもなっている「光電効果」を使った光電子分光により、価電子の状態を調べてきました。蒸気圧の高い有機物を高真空中に置くという相反する行為をしながらの測定で、光電子放出に都合の良い清浄な表面を常に得られる半面で真空を汚すという欠点を併せもつ両刃の剣のような測定です。紫外光をつかった光電子分光法に出会ったのは、博士研究員のときでした。しかも、軌道放射光というとてつもない大掛かりな装置というよりも施設での実験です。佐賀県鳥栖市にも佐賀県立九州シンクロトロン光研究センターという軌道放射光実験施設があります。

 巻頭言の最後に、博士研究員のときに指導いただいた先生の言葉を載せさていただきます。私のこれまでの研究姿勢に影響を与えた研究者のお一人です。
 "天と地と人の和"
よい仕事をするための要件です。"天"は時のことで、何事も機が熟さないと良い仕事はできません。"地"は場所です。そして何よりも"人の和"というネットワークが大切であることを伝えてくれた言葉です。研究を続けていけば、機はいずれ熟します。残るは、何処で誰と研究をするかです。

 「Pure Science」を読まれている皆さん方の中から、熊本の地で稀有な研究を進め、人的ネットワークを広げ、次の世代を担う若き理学研究者が育っていくことを期待しています。