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熊本大学 理学部

Pure Science

ブラックホールの不思議

物理学コース 小出 眞路

宇宙には奇想天外な天体があるものです。ブラックホール(BH)を含む天体はその典型でしょう。みなさんは、BHと聞くとどういう天体を思い浮かべるでしょうか?「光さえも抜け出せない非常に暗い天体」「重力が非常に強くてまわりのものをなんでも吸い込む恐ろしい天体」「ブラックホールの内部からは物質と同様にエネルギーも出てくることはない」「そもそもBHは想像上の架空の天体で、実際には存在しない」「BHの近くには物質と反物質だけの領域がある」「BHの観測はともかく理論は既に解明されている」といったところでしょうか。それはBHの一般的な捉え方だと思います。あるものは正しいですが、そうでないものもあります。最近(ここ数十年)の天体物理学、天文学ではBHの奇想天外な実像が明らかとなって来ました。

例えば、天の川は無数の星の集団ですが、これは天の川銀河(銀河系)と呼ばれています。太陽系もその縁付近に位置しています。同様の無数の星の集団からなる天体を「銀河」と呼びますが、この銀河が宇宙には無数にあります。たいていの銀河(不規則銀河以外)の中心には超巨大なBHが存在するといいます。その中にはその中心領域が非常に活発に活動していて強い光やジェットというガス(プラズマ)の流れを噴出しているものがあります。図1(上図)はM87銀河という銀河系から5400万光年彼方にある巨大な銀河(楕円銀河)です。その中心から放射されるジェットが観測されています(図1下図)。ジェットはガスの高速な流れですが、ガスの流れが光速度を超える観測がされています。この現象を『超光速度運動』(superluminal motion)を言います。超光速度運動は実際にガスが光の速さを超えて流れているのではなく、光速度に近い速度のガスがほとんどわれわれの方向に運動しているものとして説明されています。いずれにしてもガスの速さが光速度に近いということになります。このような高速度のガスをともなったジェットを「相対論的ジェット」と言います。相対論的ジェットは銀河中心領域の非常に激しい現象から形成されると考えられています。銀河中心付近の激しい現象が起こる領域を「銀河中心核(AGN: active galactic nucleus)」といいます。AGNは銀河の超巨大BHを中心とする激しい現象を引き起こしている領域と考えられています。その活動性は高く宇宙で最も明るい領域と言われています。すなわち、BHが暗い天体という捉え方とはかけ離れたBHの周りは非常に明るいということが明らかにされました。最近、M87のBHの影が電波観測により撮像されましたが、その影はこの非常に明るい光源によりBHが照らされているために現れます。

実は、BHの特徴はその重力の強さに比して非常に小さいというところにあります。そのためBHにはなかなか近づけないのです。このなかなか近づけないというのがBHの特徴の最たるものです。例えて言うならば、天井から目薬をさすくらいBHに落下するのは難しいのです。というのも、「角運動量保存」という物理法則のためちょっとでもBHに対して回転する物体はBH近くで光速度に近い速さで回転することになり遠心力のため近づけないのです。ここで、BHがなんでも吸い込んでしまうものという捉え方が通用しないことがわかります。BH近くにはBHに落下できなかった宇宙のチリやガスが集まることになります。それらがてんでバラバラな運動をしていても、衝突していずれは「降着円盤」と呼ばれる円盤状の天体を作ります(図2)。降着円盤の内部のチリやガスが衝突したりすれあったりして高熱を発します。これが降着円盤が強く輝く原因となります。また、降着円盤内では磁場が自然に発生増幅されて降着円盤に大きな影響を与えます。磁場を含んだ降着円盤のガスはブラックホールに近づき、その磁場がブラックホールの回転軸方向に引き伸ばされて累積することで非常に強い磁場を形成します。その磁場はBHの地平面(光が外には出ていけない領域の表面)を貫通した柱状の領域になります。そのような磁場が非常に強い領域を『磁気的柱』(magnetic pillar)といいます(図2)。

磁気的柱の強い磁場によりBHの回転エネルギーが引き抜かれ、そのエネルギーは磁力線に沿って伝わる波(アルベン波)として磁気的柱の外側に運ばれます。そのエネルギーは磁気的柱にあるガス(プラズマ)の運動エネルギーに転換されて磁気的柱の外に相対論的ジェットとなって噴出します。すなわち、相対論的ジェットのエネルギーの源はBHの回転エネルギーです。一方、そのプラズマがどのように磁気的柱に供給されるかは分かっていません。そもそも磁気的柱内のプラズマが通常の物質(電子とイオン)からできているのか、それとも物質と反物質からできているのかでさえも分かっていません。現在は物質(電子)と反物質(陽電子)の混合したものと考えられています。ただ、今後はどうなるかわかりません。この相対論的ジェットのプラズマ源の謎は天文学のひとつの問題ですが、天文学には他にもいろいろな謎があります。宇宙について学んでその謎に挑戦することは楽しいことです。この記事を読んで挑戦してくれるひとがいるとうれしいです。


  • 図1 M87楕円銀河の観測
    (上図)すばる望遠鏡で撮像されたM87銀河の可視光写真。 (下図)電波望遠鏡により観測されたM87のAGNから放出されたジェットとその終端の「ローブ」。(NRAO/NSF)


  • 図2 AGNの中心領域のイメージ図。
    中心には超巨大BHが鎮座し、その周りに降着円盤が取り囲んでいる。 その強い磁場は磁気的柱を形成しその先端からジェットを噴出している。