
身の回りのすべての物質は原子から出来ています。原子はどのようにして結びつき、化学反応はなぜ起こるのでしょうか。こうした現象は量子力学に基づく「第一原理計算」によって理論的に調べることができます。第一原理計算では、原子の配置に応じて変化する分子のエネルギー(ポテンシャルエネルギー面)を計算することで、化学反応の仕組みを理解します(図1)。しかし、この計算は非常に計算量が大きく、多くの原子を含む系や長時間のシミュレーションを行うことは容易ではありません。そのため、反応過程を詳しく調べることに大きな困難がありました。
近年、この問題を解決する方法として「機械学習原子間ポテンシャル(Machine Learning Interatomic Potential, MLIP)」と呼ばれる手法が注目されています。これは第一原理計算の結果を機械学習、つまり人工知能(AI)に学習させることで、原子配置から分子のエネルギーを高速に予測する方法です。MLIPによって、第一原理計算で1週間を要する計算が、ほんの数分で終わるようになりました。化学反応だけでなく、半導体のような工業的な観点だけでなく私たちの体内でも重要な、熱の伝わりやすさを司る「熱伝導度」などの物理量の計算も容易となりました(図2)。
しかし、ここで新しい疑問が生まれます。AIは高い精度で分子のエネルギーを予測できますが、その内部でどのような計算が行われているのかを人間が理解することは容易ではなく、しばしば「ブラックボックス」と呼ばれます。つまり、人間とAIでは思考方法が根本的に異なるため、「人間とAIの間にはコミュニケーション上の障壁がある」のです。AIは本当に化学結合を理解しているのでしょうか?私の研究では、MLIPが分子のエネルギーをどのように表現しているのかを解析し、それを化学的に意味のある量として人間側が解釈する方法の開発に取り組んでいます(図3、二重・三重結合のエネルギーをAI(箱ひげ図)が過小評価しており正確な理解が出来ていない)。AIを単なる高速な計算ツールとして使うだけでなく、分子や化学結合の理解を深める新しい研究手法として発展させることが、私の研究の目的です。


