purescience

第12号 2017年11月

光合成と物理学

物理学コース 教授 小澄 大輔

植物などが行う光合成は、皆さんがよく知っている自然現象です。光合成を簡単に説明すると「光を使って、水と二酸化炭素から酸素と糖を作り出す反応」ですが、この定義は必ずしも正しくはありません。現在光合成を行っている植物・藻類などは、少なくとも25億年前には存在したといわれるシアノバクテリアからその機能を受け継いだと考えられています。シアノバクテリアは、太陽光エネルギーを利用して水を分解することにより、電子とプロトン (水素イオン)を取り出し、この時の副産物として酸素を発生します。獲得した電子とプロトンを利用してその後の反応が進行し、糖のような有機物が合成されます。

図1 フェムト秒光パルス発生装置
図1: フェムト秒光パルス発生装置
図2: 水の分解を行うたんぱく質光化学系IIの結晶構造

こういった一連の反応の中で重要なのは、太陽光という地球に降り注ぐ無限のエネルギーから、どのようにして電子やプロトンを作り出すかであり、これが光合成の本質といえます。シアノバクテリアの場合、電子源となるのが水であり、他の細菌類では硫化水素や有機物が用いられます。一見すると簡単に見える水の分解反応ですが、実はこの反応を起こすのはそれほど容易ではありません。光合成生物は、細胞中に存在するたんぱく質と色素分子を利用することにより、この反応を実に上手にかつ効率的に行っています。光合成の初期過程では、たんぱく質に結合した色素分子が太陽光の光を吸収します。吸収された光エネルギーは別の色素分子へと伝達され、最終的に水を分解するための特殊な色素分子の状態が形成されます。この時の色素分子同士のエネルギーの受け渡しは非常に速い時間スケール (~ピコ秒: 10-12秒, 100億分の1秒) で行われています。

このような非常に速い現象を解明するために我々は光パルスを用いています。パルスというのは瞬間的なエネルギーの総称で、身近な例としては電気パルスとして静電気や落雷があげられます。レーザー光を利用することで、1990年代には100フェムト秒 (10-15秒、10兆分の1秒)だけ点灯する光パルス発生技術が確立されました。現在では極端紫外からX線波長域でアト秒 (10-18秒)の光パルスを発生させることも可能になっています。こういった技術が様々な物質の超高速現象の解明を可能としています。2011年に日本のグループにより、シアノバクテリアから水の分解反応を行うたんぱく質: 光化学系IIの結晶構造が原子分解能で得られました。その結果、光合成において太陽光を吸収する色素分子がたんぱく質中でどのように配列しているのかが明らかになっています。また、光パルスを用いた研究により、光合成におけるエネルギー伝達過程が物理学的に解明されつつあります。このような生化学的な手法と物理学的な手法を組み合わせることで、光合成の解明が期待されます。