purescience

第13号 2018年12月

高圧の世界

物理コース 助教 中島 陽一

日常で気づくことはないが、地球を覆う大気の底にいる私たちは、いつも大気から圧力を受けながら生活をしている。この大気からの圧力は高度や天候にもよるが、面積1cm2あたり約10mの高さの水(約10kg)をのせたときの圧力に相当し、天気予報でおなじみの単位を用いると1013hPaが1気圧とされている。

ボイルの法則に従うと、気体の体積は圧力に比例して小さくなる。さらにミクロなレベルで見ると、気体中の原子と原子の間の距離が縮まり、原子間での相互作用が無視できなくなる。そのため、物質に圧力を加えると単純に体積が減少するだけではなく、気体・液体・固体といった状態や構造(原子配列の仕方)変化を引き起こし、熱弾性的性質や磁気的・電気的性質といった物性も変化する。例えば、窒素と水素に300気圧の圧力を加えると気体から超臨界流体となり簡単に化学反応を起こし、農作物の収穫量を飛躍的に増大させた人工アンモニア肥料の合成に役立てられている。黒く柔らかい鉛筆の芯(黒鉛)も5万気圧ほどの圧力を加えると、透明で美しく地上で一番硬いダイヤモンド(黒鉛と同じ炭素の同素体)に構造転移する。天然のものは大変高価だが、圧力を利用し人工的に作られるダイヤモンドは比較的安価な価格で市場に出回っている。生命活動に欠かせない酸素は100万気圧の圧力を加えると、光沢を持つ固体金属となり、さらに極低温下で超伝導(電気抵抗がゼロ)を示す。このように物質に圧力を加えると、大気圧下では見ることができない新規で特異な挙動を見せる。

高圧の世界は自然界にも存在する。惑星内部では深さとともに圧力と温度がともに増大し、火星中心では40万気圧、3000℃、地球中心では360万気圧、7000℃にも達する超高圧高温の世界である。そのため、高圧環境下での物質の挙動は地球をはじめとする惑星内部を理解するために欠かせない。我々のグループでは、ダイヤモンドアンビルセル(DAC)やマルチアンビルプレス(MA)といった高圧高温発生装置を使って、高圧高温下での地球内部物質の構造や物性、原子のダイナミクスを研究している。地球内部2900km(135万気圧、4000℃)よりも深いところには、鉄を主成分とする金属コアがあり、その大分部は液体状態である。液体は固体に比べてその取扱が非常に難しく、10万気圧を超える圧力での実験例は大変少なく、液体コア物質の構造や物性についてはあまり良くわかっていなかった。最近我々は、実験手法を改良し、70万気圧、3000℃までの液体鉄合金の物性測定が行えるようになり、地球コアの詳細な状況が見えてきた。実際の地球コアに匹敵する超高圧高温下での測定を目指して、現在も日々実験に取り組んでいる。高圧下で物質が実際に見せる挙動に、我々の予想はしばしば裏切られる。高圧高温極限環境下での実験には多くの失敗がつきまとうが、ときおり見せる物質の挙動の裏切りは、我々に興奮を与えるとともに新たな疑問を与えてくれ、次への研究意欲を掻き立ててくれるのです。

ダイヤモンドアンビルセル高圧発生装置
図1: ダイヤモンドアンビルセル高圧発生装置