purescience

第14号 2019年12月

Society5.0と、その先へ

物理学コース 教授 赤井 一郎

「Society5.0」という言葉をご存知でしょうか? 政府が謳っている新しい社会を表す言葉です。文明は、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会へと進化してきましたが、「Society5.0」は、それに続くものとして提唱されています。これまでの技術革新の偏重傾向があった科学・情報技術の進歩を、人間の生活や社会へやさしく融合させて持続可能なスマート社会を形成することを表します。この実現で鍵となるものが人工知能に代表される「機械学習」です。「機械学習」は、これまで人間が行っていた認識・識別・判断を、コンピュータ(機械)をベースとした最新の情報科学で行うものです。

まだ萌芽的ではありますが、この「機械学習」は科学技術に大きな変革をもたらしつつあります。現在もそのつもりですが、元々小職は半導体や有機材料の光応答を実験で解明する物理学分野の研究者でした。熊本大学に着任後、その研究活動で悪戦苦闘し、地方の国立大学の教授として何をやるべきか熟慮している最中に、この「機械学習」に出会う機会がありました。「機械学習」を勉強し始めした頃は、IoTや、ネット・社会に存在するビックデータを取り扱う「機械学習」は、様々なデータ形態に依存するため、用いる「機械学習」は各論的で、普遍的な学理探求を目指す物理学に出番はないなと思いました。しかし、実際に実験研究で得られる計測データへの「機械学習」の適用を進めると、科学の根本と誤解されていた「因果律」に沿った考え方から、「因果律」を遡って「原因」を探求する「ベイズ推定」の普遍的な枠組みが、物理学の根本思想と同一であることに気づきました。更に我々は、「機械学習」によって、「Mother of Science」と位置づけられる科学計測をベースに、本当の科学を実践する手段を得た、といっても過言ではありません。現在、材料や物質の性質を実験計測で調べる物性物理学分野で、従来の計測限界の突破、新しい物理現象の発見、材料開発の新しい指針の提案等、「因果律」だけでは到達できない未開拓な学理構築が進められつつあります。これらの取り組みが認められ、科学技術振興機構の研究領域の一つである「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」領域で、小職が代表者を務める「データ駆動科学による次元X線吸収計測の革新」の研究提案が採択されました。現在、日本の代表的な放射光計測の研究者とともに、新しい学理構築を目指して共同研究を進めているところです。

小職が考えるところ、これらの取り組みの本当の狙いは「Society5.0」の先にあります。確かに「Society5.0」による人に優しいスマート社会の構築は重要で、世代を問わず感受できるメリットは多くあると思います。しかし次の世代を考えると、それだけでは済まないのではないでしょうか? 少子高齢化、環境問題、エネルギー問題を抱える日本ならびに、地球全体を考えると、スマート社会だけでは不足だと考えます。特にものづくりを強みとして、様々な材料開発の技術と知恵がある日本で、少子高齢化の問題を解決して国際的競争力を維持発展させるためには、それらの技術・知恵と「機械学習」を融合することが唯一の解決策ではないかと小職は考えます。そのために地方大学が担うべきことは、「機械学習」を材料開発や物性科学に融合させた「データ駆動科学」を広く地域展開し、「データ駆動科学」を実践して日本の競争力を高める企業の若手技術者の育成や、各地域で「データ駆動型社会」を担う次の世代を育てていくことではないかと考えます。小職もその先導の一端を担えればと努力しているところです。