purescience

第14号 2019年12月

卵はなぜ大きいの? - 母性mRNAの翻訳制御 -

生物学コース 教授 髙宗 和史

皆さん、ニワトリの黄身やカエルの卵が大きいのは何故でしょう。受精したばかりのこれら卵も1個の細胞です。身体を構成する細胞の中で最も大きな細胞です。どうして卵は大きいのでしょう?実は、受精後、お母さんの体の外で発生する動物の卵は比較的大きくなります。卵が大きくなる原因は、細胞の中にたくさんの栄養を蓄えているからです。私たち動物は、植物や他の動物を食べて、その中に含まれる栄養素やエネルギーを吸収して生きています。しかし、受精したばかりの卵(受精卵)には食べ物を捉えるための手や口もなければ、栄養素を吸収するための腸もありません。そのため、外部の食物を捉えてそのエネルギーを吸収するための器官が出来上がるまでに必要な栄養を細胞の中に蓄えているため大きくなっています。

さて、私たち動物の体を構成する細胞の中では、遺伝子から転写・翻訳されたRNAやタンパク質の働きで細胞内の色々な営みを行っています。一つ一つの細胞には、身体を構成するために必要な設計図であるDNA(遺伝子の実体)がお母さんから1セット、お父さんから1セット、計2セット存在しています。大きな受精卵にも他の細胞と同じく2セット存在しています。ここで問題なのは、他の細胞に比べて非常に大きな細胞である受精卵にも他の細胞と同じだけの設計図しかないということです。フル稼働で設計図であるDNAを転写・翻訳しても、作られたRNAやタンパク質が細胞の隅々まで行き、きちんと働くことは困難です。そのため、受精卵がまず行うのが成長しない細胞分裂(卵割)です。細胞分裂の度に細胞の大きさが小さくなって行き、DNA量に対する細胞の大きさの比率が小さくなり、転写・翻訳されてできたRNAやタンパク質が細胞内全域に働きかけることができるようになります。それでは、この卵割の間は、転写・翻訳はどうなっているのでしょうか。実は、翻訳は行われるのですが、基本的にDNAからRNAへの転写は起こっていません。それでは、翻訳の時に必要なRNAはどうしているのでしょう。実は、お母さんの身体の中で卵の元となる卵母細胞が受精後に使う栄養を蓄え大きくなっている時、卵割の時に必要なRNAもたくさん転写して卵の中に蓄えているのです。中には翻訳まで行いタンパク質として蓄えられるものもあります。また、卵割が終わると細胞が分化を始めますが、この時に必要なタンパク質をコードしているmRNAも卵母細胞の時に転写され、卵の中の必要な場所に局在して存在しています。このように、卵割や細胞分化に必要な多くのRNAやタンパク質が受精卵の中に既に存在しており、必要なタイミングで翻訳されたり活性化することで、発生が正常に進行していきます。

私達は、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)を実験材料に、生殖細胞分化に関わる遺伝子の検索を行うことで、一つの興味深い遺伝子を見つけ、Xtr(XTdrd6)と名付けました。この遺伝子は、卵や精子に分化している生殖細胞で発現しており、受精卵にも卵母細胞で転写・翻訳されたものが多く蓄積しています。Xtr(XTdrd6)の活性を阻害する抗体を用いて受精卵のこのタンパク質の働きを抑えると、卵割(細胞分裂)が阻害されました(図)。この原因を調べたところ、Xtr(XTdrd6)が卵割に必要なタンパク質をコードしているmRNAと結合していることがわかりました。これまでの解析により、Xtr(XTdrd6)は卵母細胞で転写されたmRNA(母性mRNA)の翻訳調節を司っていることがわかりました。さて、このXtr(XTdrd6)は、生殖細胞の分化に関わる遺伝子を探索した結果見つけました。生殖細胞は、受精卵の植物極に局在している細胞質(生殖質)を卵割の結果受け取った細胞から分化してきます。この生殖質には、細胞が生殖細胞へと分化していくために必要なタンパク質をコードしているmRNAが何種類も局在していることが明らかになっています。実は、この生殖質にも他の細胞質とは比べものにならないくらいの多くのXtr(XTdrd6)が局在しています。Xtr(XTdrd6)の働きが翻訳制御であることを考えれば、これら母性mRNAの翻訳制御を通して生殖細胞分化に寄与していると考えられます。Xtr(XTdrd6)による母性mRNAの時間的・空間的な翻訳の制御機構を明らかにすることで、受精後に起こるダイナミックかつ精緻に制御された発生現象の不思議を解き明かしていきたいと思っています。

不思議と思ったことを自分の手で明らかにできた時の喜びを一度覚えたら病みつきになります。皆さんも、知的好奇心をフルに活用して、生き物の不思議な世界を解き明かすためにチャレンジしませんか。

胚の写真

図:2細胞期の片方の細胞だけにXtr(XTdrd6)と反応しない抗体(a)もしくは反応してその働きを抑える抗体(b)を顕微注入し、卵割を進行させた後の胚の写真。bの矢頭は、Xtr(XTdrd6)の働きを抑える抗体を注入した割球を示している。細胞が大きく、細胞分裂が抑制されたことを示している。バーは1mmを示している。