過去のコロク
第20回
錯体配位子を用いた多核金属錯体の合成
日時:平成16年10月8日(金)14:30~
会場:理学部3号館321講義室
講演者:反応化学講座 中村政明助教授
会場:理学部3号館321講義室
講演者:反応化学講座 中村政明助教授
多核金属錯体は分子内で複数の金属イオンが接近して存在するため、金属イオン間に種々の相互作用が働き、金属イオンを分子内に一つしか含まない単核金属錯体には無い、興味ある物性を示す。
また、多核金属錯体は生体内に多く存在する金属タンパク質の活性中心のモデル錯体としても興味が持たれている。
本講演では、このような多核金属錯体の合成法の一つである「錯体配位子」を用いる方法について紹介する。
この方法では、複雑な有機合成の過程を含まず、分子内に異なる種類の金属イオンを含む「異種金属多核錯体」や異なる酸化数の金属イオンを含む「混合原子価多核錯体」等が比較的容易に合成できる利点がある。

第19回
有限単純群の分類とその応用
日時:平成16年7月9日(金)14:30~
会場:理学部3号館321講義室
講演者:自然科学研究科 八牧宏美教授
会場:理学部3号館321講義室
講演者:自然科学研究科 八牧宏美教授
有限単純群(=単純群)とは有限群であって、自明な正規部分群しか持たない群のことである.
ガロアは一次変換群の存在を知っていたし、マチュウは方程式の研究から5個の単純群を発見した.
ディクソンは古典群から得られる単純群や、2系列の例外群を知っていた.
バーンサイドやフロベニウスは群が単純群か否かを判定する多くの結果を得た.
このように単純群は19世紀から多くの数学者の興味を引く研究の対象であった.なぜ有限単純群は重要か?
有限群は組成列を持ち、組成因子に現れる単純群たちは一意的に定まることが、 19世紀末にヘルダーによって証明されている.
すなわち有限群は単純群をいくつか積み重ねることによって得られるので、その性質は積み重ねに現れる単純群の性質に大きく依存すると考えられる.
従って、すべての単純群を数え上げ(=有限単純群の分類)、単純群の性質を明らかにすることが、有限群の性質を知る上で重要となる.
講演では20世紀末に完成した有限単純群の分類と、その幾つかの応用について述べる.

第18回
鉱物の煮物はどんな味
日時:平成16年6月18日(金)14:30 ~
会場:理学部3号館321講義室
講演者:地球物質科学講座 磯部博志助教授
会場:理学部3号館321講義室
講演者:地球物質科学講座 磯部博志助教授
水は我々の生活に不可欠の物質であると同時に,地球,惑星の形成,進化過程,さらには現在の地球で起こっている様々な地球科学的現象において極めて重要な役割を果たしている。
水の存在は,その場の条件に応じて固体惑星物質との間に様々な相互作用をもたらす。
その過程は,現在の地球及び惑星物質を観察することによって知ることができると共に,様々な方法の室内実験によって再現することが試みられている。鉱物,岩石を「煮る」ことによって何が起こり,それから何が分るか,その料理方法や材料には様々な研究対象が存在する。
中でも,高温高圧の H2O - CO2 系流体と原始地球物質の反応過程は,原始地球大気の初期進化や揮発性物質の循環過程に,水和・変質生成物がどのように関与したかを決める主要な要因であったと考えられる。また,爆発的な火山噴火の原因となる水を主成分とする流体は,流体自身の容器でもある火山体との反応により,散逸するか過剰圧が蓄積されていくかが決まる。これらの研究について,特定領域研究によって整備した熱水流動実験装置の概要と共に紹介する。

第17回
炭素同素体系及びシトクロム類の興味ある物性
日時:平成16年5月21日(金) 14:30~
会場:理学部3号館321講義室
講演者:自然科学研究科 市村憲司教授
会場:理学部3号館321講義室
講演者:自然科学研究科 市村憲司教授
炭素同素体というとダイヤモンドとグラファイトを挙げられる方が多いと思いますが、ここ十数年で、フラーレン系、カーボンナノチューブ系、カーボンナノカップ系などの多くの仲間が登場してきており、様々な機能性材料として注目されています。
グラファイト系、フラーレン系及びカーボンナノチューブ系でのいくつかの話題をご紹介致します。
また、電子伝達系酵素であるシトクロム類は、化学物質として固体膜を形成した場合、従来の概念とは異なる電気物性などを示すことがわかってきました。 タンパク質は絶縁体であるというのが従来の常識でしたが、シトクロムc還元体固体膜では半導体領域の伝導性を示します。硫酸還元菌のシトクロムc3(4ヘム)は水素雰囲気下で還元が進行すると、Ge程度の半導体性から、金属的な伝導性を示すようになる。 これらの特異性についても、ご紹介致します。
また、電子伝達系酵素であるシトクロム類は、化学物質として固体膜を形成した場合、従来の概念とは異なる電気物性などを示すことがわかってきました。 タンパク質は絶縁体であるというのが従来の常識でしたが、シトクロムc還元体固体膜では半導体領域の伝導性を示します。硫酸還元菌のシトクロムc3(4ヘム)は水素雰囲気下で還元が進行すると、Ge程度の半導体性から、金属的な伝導性を示すようになる。 これらの特異性についても、ご紹介致します。

第16回
沿岸棲底生動物の生態から資源保全まで~基礎研究と応用(実用)研究のはざまで~
日時:平成16年4月16日(金)14:30~
会場:理学部3号館321講義室
講演者:沿岸域環境科学教育研究センター 逸見泰久
会場:理学部3号館321講義室
講演者:沿岸域環境科学教育研究センター 逸見泰久
講演者は,理学部の学生だった頃より,スナガニ類の繁殖生態・行動生態を研究している。
スナガニ類は干潟に棲息する体長1~3cm 程度のカニで,シオマネキなどが蟹漬けにされることを除けば,ほとんど食用にはならない。
その意味で「金にならない研究」といえる(ただし,「金のかからない研究」でもある)。
しかし,社会?の要請もあって,最近はいわゆる保全生態的な研究や水産的な研究にも手を染めるようになってきた。
講演では,まずスナガニ類を材料とした研究を2つ紹介する。 1つはヒメヤマトオサガニの生活史の地理変異に関する研究である。 継続的な野外調査により,ヒメヤマトオサガニは,天草では夏に繁殖し,寿命が2~3年なのに対して,沖縄では冬に繁殖し,寿命が1年であるなど,生活史が地理的に大きく異なることがわかった。 そして,このような生活史の違いは,単に沖縄は暖かいからといった単純なものではなく,それぞれの水温下での繁殖成功を最大にするような適応の結果であることがわかった。
もう1つの研究は,スナガニ類の抱卵行動に関する研究である。 スナガニ類は,産卵した卵を腹肢に付けて(抱卵して)孵化まで保護する。 ただし,抱卵行動には違いがあり,抱卵中は巣穴内に留まり採餌しない種類(ハクセンシオマネキなど)と,抱卵中も活発に採餌する種類(ヒメシオマネキなど)とがある。 巣穴内で抱卵する種類では卵死亡率は低いが,卵巣の発達が遅く,産卵回数が少ないこと(抱卵中も採餌する種類では逆)がわかった。 また,巣穴内で抱卵する種類は産卵数が多いが,これは抱卵による採餌の中断を短くするための適応であることをモデルにより示した。
水産的な研究として,タイラギの大量死の原因解明と養殖の試みを紹介する。 タイラギは,浅海・干潟の砂泥底に生息する二枚貝である.有明海では重要な漁業対象種で,二枚貝ではアサリに次いで漁業生産額が大きい。 しかし,近年,有明海では本種の大量死が続き,長崎県では1993年より,佐賀・福岡・熊本県では1999年より休漁が続いている。 大量死の原因については,多くの説が出されているが,現在のところ,特定できていない。 講演者は,2000年より野外調査を続けているが,浅海域では稚貝の定着は多いが夏季にほとんどが死亡すること,覆砂や干潟への移植,海面下での養殖を行うと死亡しないことなどが明らかになった。 また,これらの結果より,タイラギの大量死は,酸欠や底泥の悪化が原因と考えられ,対策として,垂下養殖が有効であることがわかった。
講演では,まずスナガニ類を材料とした研究を2つ紹介する。 1つはヒメヤマトオサガニの生活史の地理変異に関する研究である。 継続的な野外調査により,ヒメヤマトオサガニは,天草では夏に繁殖し,寿命が2~3年なのに対して,沖縄では冬に繁殖し,寿命が1年であるなど,生活史が地理的に大きく異なることがわかった。 そして,このような生活史の違いは,単に沖縄は暖かいからといった単純なものではなく,それぞれの水温下での繁殖成功を最大にするような適応の結果であることがわかった。
もう1つの研究は,スナガニ類の抱卵行動に関する研究である。 スナガニ類は,産卵した卵を腹肢に付けて(抱卵して)孵化まで保護する。 ただし,抱卵行動には違いがあり,抱卵中は巣穴内に留まり採餌しない種類(ハクセンシオマネキなど)と,抱卵中も活発に採餌する種類(ヒメシオマネキなど)とがある。 巣穴内で抱卵する種類では卵死亡率は低いが,卵巣の発達が遅く,産卵回数が少ないこと(抱卵中も採餌する種類では逆)がわかった。 また,巣穴内で抱卵する種類は産卵数が多いが,これは抱卵による採餌の中断を短くするための適応であることをモデルにより示した。
水産的な研究として,タイラギの大量死の原因解明と養殖の試みを紹介する。 タイラギは,浅海・干潟の砂泥底に生息する二枚貝である.有明海では重要な漁業対象種で,二枚貝ではアサリに次いで漁業生産額が大きい。 しかし,近年,有明海では本種の大量死が続き,長崎県では1993年より,佐賀・福岡・熊本県では1999年より休漁が続いている。 大量死の原因については,多くの説が出されているが,現在のところ,特定できていない。 講演者は,2000年より野外調査を続けているが,浅海域では稚貝の定着は多いが夏季にほとんどが死亡すること,覆砂や干潟への移植,海面下での養殖を行うと死亡しないことなどが明らかになった。 また,これらの結果より,タイラギの大量死は,酸欠や底泥の悪化が原因と考えられ,対策として,垂下養殖が有効であることがわかった。

第15回
炭酸塩堆積物から読み取る地球環境変動
日時:平成16年3月19日(金)14:30~
会場:理学部3号館321講義室
講演者:地球科学科 松田博貴助教授
会場:理学部3号館321講義室
講演者:地球科学科 松田博貴助教授
炭酸塩堆積物は,様々な環境において堆積し,多岐にわたる構成要素からなるため,きわめて多様な堆積相を示す.
構成粒子の多くは環境変化に敏感な生物の遺骸であり,またその構成炭酸塩鉱物の化学組成や炭素・酸素安定同位体比は,鉱物生成時の水温や環境水(例えば,海水・淡水・間隙水)の性質などの表層環境を鋭敏に反映する.
そのため,炭酸塩堆積物は,過去の堆積環境や環境変動を解明する上で,きわめて有用なものの一つであり,近年,様々な観点から,炭酸塩堆積物から地球表層環境変動の解析が活発に進められている.
さらに炭酸塩堆積物は,構成炭酸塩鉱物の化学的 ・鉱物学的特性により,堆積時,あるいは堆積直後から地下深所へと埋没していく段階で,種々の化学的・物理的・生物的作用(続成作用)を被り,堆積時の正確な環境記録が保存されない可能性がある一方,堆積後の地史情報が付加される利点が存在する.
講演者は,これまで炭酸塩堆積物の堆積作用と続成作用を通じて,海水準変動・気候変動,あるいは地史の変遷などを検討してきている.本コロクでは,これらの中から,現在,興味を持って進めている
1) 続成作用の進行速度とこれに基づく環境変動の解明,
2) 陸域炭酸塩から読み取る気候変動解析,ならびに
3) サンゴ礁掘削プロジェクトの概要
について紹介したい.
講演者は,これまで炭酸塩堆積物の堆積作用と続成作用を通じて,海水準変動・気候変動,あるいは地史の変遷などを検討してきている.本コロクでは,これらの中から,現在,興味を持って進めている
1) 続成作用の進行速度とこれに基づく環境変動の解明,
2) 陸域炭酸塩から読み取る気候変動解析,ならびに
3) サンゴ礁掘削プロジェクトの概要
について紹介したい.

第14回
超伝導の混合状態における多様性
日時:平成16年2月13日 (金) 14:30~
会場:理学部大会議室
講演者:物理科学科 市川聡夫助教授
会場:理学部大会議室
講演者:物理科学科 市川聡夫助教授
高温超伝導体の発見に端を発した“超伝導ブーム”のおかげ(?)で,超伝導の名前だけは知っている人も増えたのではないでしょうか。
当時,超伝導体を磁石の上に浮かせるデモンストレーションがテレビなどでよく取り上げられたので,超伝導体の内部には磁場が進入できないと思われている方もいらっしゃるかもしれません。
しかしながら,量子化された磁束が超伝導体中に侵入できる第二種超伝導体といわれる種類もあります。
この量子化磁束が超伝導体中に存在する状態を混合状態と呼んでおり,量子化磁束の振る舞いが超伝導の物性に多彩な面を生み出しています。
今回のコロクでは,超伝導体における混合状態の多様さを,私がこれまでに行ってきた研究(磁束グラス-液体転移,超伝導-絶縁体転移)を通して紹介します。
今回のコロクでは,超伝導体における混合状態の多様さを,私がこれまでに行ってきた研究(磁束グラス-液体転移,超伝導-絶縁体転移)を通して紹介します。

第13回
Compactification(コンパクト化)
=大地の恵みと無限の心=
=大地の恵みと無限の心=
日時:平成15年12月12日 (金) 14:30~
会場:理学部3号館321講義室
講演者:数理科学科 古島 幹雄教授
会場:理学部3号館321講義室
講演者:数理科学科 古島 幹雄教授
複素数空間は解析函数の咲き誇る豊かな大地であります.
スミレ花の如くひっそりと咲く解析函数は,実は大地の広さを知り,遙か無限遠(理想境界と呼ぶ)をはっきり記憶しているように思えるのであります.
本講演では,この愛すべき解析函数を拠り所に遙か理想境界の姿を記述し,大地と理想境界の織りなす世界,またはそれらを一体化させた世界(コンパクト化)の構造について,専門的記号や言語を最小に抑え,直観的,情緒的な解説を試みます.

第12回
超伝導の混合状態における多様性
日時:平成15年11月14日 (金) 14:30~
会場:理学部3号館321講義室
講演者:環境理学科 福間 浩司講師
会場:理学部3号館321講義室
講演者:環境理学科 福間 浩司講師
ハードディスクや磁気カードなどの人工的に合成された磁性体を利用した磁気記録は日常生活に欠かせないものですが,自然に存在する磁性体も酸化還元反応などを通じて様々な自然現象を記録しています。
しかし,岩石や土壌,考古試料中には磁性体である鉄の酸化物はごく微量しか含まれないだけでなく,その組成や粒径,形状にコントロールできないバラツキがあり,合成された磁性体の測定とは異なる困難が生じるともに記録を読み取るためにバックグラウンドとなる知識が必要になります。今回は,海底の堆積物などの実物の試料の測定からどのようにして記録を読み取るかという例と,鉄の酸化物の磁気構造と磁気的性質を求めるモデリングの話をします。
さらに,捏造された考古試料を見破るために最近取り組み始めた方法の紹介もします。

第11回
真核細胞における情報伝達のしくみ
-核から細胞質へのmRNA輸送の分子機構-
-核から細胞質へのmRNA輸送の分子機構-
日時:平成15年10月10日(金) 14:30~
会場:理学部3号館321講義室
講演者:生物科学科 谷 時雄教授
会場:理学部3号館321講義室
講演者:生物科学科 谷 時雄教授
地球上の全て生物は、大きく分けて大腸菌などの原核生物と、植物や動物などの真核生物のどちらかに分類される。真核生物を構成する細胞(真核細胞)の特徴は、膜に包まれた多数の細胞内小器官によって細胞内部が高度に区画化され、それぞれの区画において機能的な役割分担がなされている点にある。一方、生命の設計図である遺伝子が働く際には、遺伝子にコードされている遺伝情報がmRNAにまず写し取られ(転写)、その後、そのmRNAを鋳型にして、タンパク質が合成(翻訳)されるという手順を踏むことが必要とされる。
真核生物に見られる細胞内小器官のうち、最大の構造体は2層の脂質二重膜で囲まれた核である。真核生物における全ての生命活動の司令塔ともいうべ き核には、遺伝情報を担ったDNAが含まれている。一方で、機能因子であるタ ンパク質への翻訳合成工場であるリボソームは、核の外側に広がる細胞質領域に存在する。そのため、DNAから遺伝情報を転写したmRNAが、翻訳に必要な情報をリボソームに伝達するため核から細胞質へと輸送される過程は、真核生物の遺伝子発現において必要不可欠で極めて重要な一段階となっている。しかしながら、その詳細な分子機構に関しては未だに不明な部分が多い。
我々はmRNAの核から細胞質への輸送にかかわる因子群を同定し、それらの機能を探るため、分裂酵母のmRNA核外輸送に関する温度感受性変異株を蛍光 in situ ハイブリダイゼーション法を用いて多数分離した。分裂酵母は単細胞の真核生物で、遺伝学的操作が行いやすく、かつ遺伝子の構造など多くの点で高等真核生物との類似性が高い。得られたmRNA核外輸送変異株(ptr: poly A+ RNA transport)について原因遺伝子を分離し、現在までにmRNA核外輸送に影響を与える10種類の遺伝子を同定することに成功した。現在各々の原因遺伝子について機能解析を進めているが、同定した遺伝子の中には、正確な発症機構が未だ不明であったヒトコケイン症候群の原因遺伝子の分裂酵母相同遺伝子も含まれており、新たな病態カテゴリーとして、mRNAの核から細胞質への輸送不全に起因するヒト疾患(輸送症候群)の存在を提唱するに至った。
また、mRNAの核外輸送過程をより直接的に解析するため、蛍光物質で標識した mRNAを動物培養細胞の核に顕微鏡下で注入し、細胞質への移行過程を生きた細胞内で解析する新しい輸送解析系を確立し、遺伝子の転写活性とmRNA核外輸送機構との間に密接な関連性があることなどを見い出した。さらに、生きた細胞の核内において、1分子のmRNAの動きをイメージングする蛍光顕微鏡技術の開発を行い、mRNAが核内で拡散運動によって転写部位から核膜孔まで移動していることを初めて明らかにした。これらの生きた細胞内でのmRNA可視化技術は、複雑な生命現象を明らかにする新たな解析法として今後の進展が期待される。
真核生物に見られる細胞内小器官のうち、最大の構造体は2層の脂質二重膜で囲まれた核である。真核生物における全ての生命活動の司令塔ともいうべ き核には、遺伝情報を担ったDNAが含まれている。一方で、機能因子であるタ ンパク質への翻訳合成工場であるリボソームは、核の外側に広がる細胞質領域に存在する。そのため、DNAから遺伝情報を転写したmRNAが、翻訳に必要な情報をリボソームに伝達するため核から細胞質へと輸送される過程は、真核生物の遺伝子発現において必要不可欠で極めて重要な一段階となっている。しかしながら、その詳細な分子機構に関しては未だに不明な部分が多い。
我々はmRNAの核から細胞質への輸送にかかわる因子群を同定し、それらの機能を探るため、分裂酵母のmRNA核外輸送に関する温度感受性変異株を蛍光 in situ ハイブリダイゼーション法を用いて多数分離した。分裂酵母は単細胞の真核生物で、遺伝学的操作が行いやすく、かつ遺伝子の構造など多くの点で高等真核生物との類似性が高い。得られたmRNA核外輸送変異株(ptr: poly A+ RNA transport)について原因遺伝子を分離し、現在までにmRNA核外輸送に影響を与える10種類の遺伝子を同定することに成功した。現在各々の原因遺伝子について機能解析を進めているが、同定した遺伝子の中には、正確な発症機構が未だ不明であったヒトコケイン症候群の原因遺伝子の分裂酵母相同遺伝子も含まれており、新たな病態カテゴリーとして、mRNAの核から細胞質への輸送不全に起因するヒト疾患(輸送症候群)の存在を提唱するに至った。
また、mRNAの核外輸送過程をより直接的に解析するため、蛍光物質で標識した mRNAを動物培養細胞の核に顕微鏡下で注入し、細胞質への移行過程を生きた細胞内で解析する新しい輸送解析系を確立し、遺伝子の転写活性とmRNA核外輸送機構との間に密接な関連性があることなどを見い出した。さらに、生きた細胞の核内において、1分子のmRNAの動きをイメージングする蛍光顕微鏡技術の開発を行い、mRNAが核内で拡散運動によって転写部位から核膜孔まで移動していることを初めて明らかにした。これらの生きた細胞内でのmRNA可視化技術は、複雑な生命現象を明らかにする新たな解析法として今後の進展が期待される。
